1: 2026/10/11(日) 00:19:05.90 ID:T15NgIhz9
https://news.yahoo.co.jp/articles/38fe7e7e36bb82da27743ee15578379caeb40922

10/10(土) 10:00



1987年9月にデビューしたレピッシュ(LÄ-PPISCH)は、あらゆる面で画期的だった。「パヤパヤ」はそれまで一度も聴いたことのない音楽だったし、スカのイメージからカラフルなミクスチャーバンドへと進化を遂げていくその過程は痛快だった。メンバーたちは近づいてくる人を翻弄するトリックスター集団で、ステージでは徹底的に暴れまくった。▼ 続きを読む▲ 閉じる89年に3rdアルバム『KARAKURI HOUSE』をプロデュースしたトッド・ラングレンは今も来日公演の際には必ずメンバーを招待する。日本のロック・シーンにおいて、レピッシュのおかげでOne Step Beyondしたものはたくさんあると思う。



その一方、バンド内は波乱万丈だった。2001年秋にドラマー雪好が突如脱退し、ミュージシャンを引退する。その翌年、杉本恭一と名コンビで名ライバルだったソングライターでキーボーディストの上田現がソロ活動に専念するために脱退。2007年のデビュー20周年ツアーにはメンバーから乞われて参加を表明するもその前年にがんを発症していたため姿を見せたのは最終日の渋谷AX公演のみだった。状況をファンには一切公表しないまま2008年3月9日夕刻、家族、メンバー、友人たちに見守られながら逝去。それ以外にもさまざまな不運が重なり、レピッシュは活動を止めた。



近年になって緩いペースで活動を始めたが、デビュー40周年イヤーの2027年5月3日、1993年12月以来3回目の日本武道館公演に挑むことが発表された。事務所に所属せず、レコード会社との契約もない、アンダーグラウンドなバンドの、無謀とも言える挑戦。その決意に至った理由を、レピッシュのリーダーである杉本恭一に語ってもらった。デビュー前にFISHBONEの前座に起用され、なんの前知識もなく観に行った人の度肝を抜いたあのライブパフォーマンスはいまだ健在だ。二度とない奇跡の瞬間を見逃す手はない。



―ではまず武道館でやることになった経緯から。



杉本:去年の夏くらいにBS朝日からそういう企画の話が来てるってスタッフに言われて「どうする?」みたいな話になって。実はレピッシュが再び動きだしたときにそういう無謀な目標が何か1個あったほうがいいなぁとは思ってたんよ。こういうペースの活動だと目標が生まれにくいから年に1回集まったときにそういう提案を俺のほうからしたこともあったんよ。



―武道館という具体名を出して?



杉本:そうね、それくらい大きい目標がないとなんかただの思い出ごっこで終わっちゃうなと思ってさ(笑)。それだと自分の中でしっくりこない。目標に向けて何か動くとか、そうするとやっぱやる気もわくやろ。



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2: 2026/10/11(日) 00:22:45.55 ID:9g9tJyDe0
パヤパヤしか知らん

一度ライブに行ったことある
3: 2026/10/11(日) 06:29:16.88 ID:NBvmlKK30
>>2

隣人と家族会議しか知らん