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スペイン代表のことを「無敵艦隊」と呼ぶのは日本ぐらい
「そんなこと言ったら、スペイン人は怒りますよ」。新聞社時代、スペイン在住の通信員に冗談交じりに言われたことを思い出す。「無敵艦隊」。決勝戦を前にテレビでも新聞でも連日報じられるスペイン代表の愛称だ。たぶん、その強さを強調して使うのだろうが、歴史的には正反対。「見てくれは立派だけど、いざとなると弱い」という意味だという。
スペイン代表のことを「無敵艦隊」と呼ぶのは日本ぐらい。スペイン国内ではチームカラーから「ラ・ロハ(赤)」と呼ばれる。▼ 続きを読む▲ 閉じるアルゼンチン代表の「セレステ・イ・ブランコ(空色と白)」、フランス代表の「レ・ブルー(青)」と同じだ。世界にはユニフォームや国旗の色を愛称にする代表が多い。
「無敵艦隊」の由来は16世紀までさかのぼる。スペイン国王フェリペ2世がイングランド攻撃のために編成した大艦隊。当時としては世界最大級の陣容を誇ったが、英国海軍の機動力の前に惨敗。「威容を誇るものの中身は弱い」という意味を込めて英国人が皮肉で「無敵艦隊」と呼んだのだという。
日本で使われたのは1998年フランス大会から。1994年アメリカ大会から1998年まで32戦負けなし(PK戦負けは含まず)という圧倒的な成績に、ワールドカップ(W杯)「初心者」の日本のメディアが「無敵」を強調するために使った。もっとも、優勝候補として臨みながら1次リーグで惨敗。本来の意味「見掛け倒し」通りだった。
もともと「クラブは強いが代表は弱い」のがスペイン。マドリードの中央政府とバルセロナのカタルーニャ地方は歴史的に不仲で、国が1つになる土壌もなかった。レアル・マドリードのサポーターはバルセロナの選手がいる代表は応援しないし、負けろとさえ願う。逆もある。レアルが欧州チャンピオンズカップ(現CL)5連覇した1950年代後半でも、代表は予選敗退。ホスト国として臨んだ1982年大会も2次リーグで敗退し、長く1950年ブラジル大会の4位が最高だった。
強くなったのは、2000年代以降だろう。20年ほど前、マドリードのスポーツ店にバルセロナの背番号10のユニフォームが飾られているのを見つけた。くだんの通信員は「メッシの影響ですよ。マドリードにもバルセロナファンが出てきた。信じられませんよ」とあきれ顔で話した。クラブ同士、街同士の対抗意識が、リオネル・メッシの登場で変わったのだ。
あれだけ勝負弱かったスペイン代表が、2008年のEUROで優勝した。2010年南アフリカ大会でW杯初優勝すると、2012年のEUROも連覇。ショートパスを主体とした「ティキタカ」戦法が好成績を生んだのだが、国をあげて代表を応援するムードが生まれたことも大きい。マドリードとバルセロナの融和がきっかけだとすれば、スペインを強くしたのはメッシだ。
2010年の優勝以降は、再び「無敵艦隊」ぶりを発揮。2014年ブラジル大会は1次リーグで敗退し、2018年ロシア大会は決勝トーナメント1回戦で地元ロシアにPK戦負け、2022年カタール大会では1次リーグで日本に逆転負けし、16強でモロッコにPK戦の末敗れた。勝負弱さは相変わらずだった。
続きはソースで
https://www.football-zone.net/archives/663840
「そんなこと言ったら、スペイン人は怒りますよ」。新聞社時代、スペイン在住の通信員に冗談交じりに言われたことを思い出す。「無敵艦隊」。決勝戦を前にテレビでも新聞でも連日報じられるスペイン代表の愛称だ。たぶん、その強さを強調して使うのだろうが、歴史的には正反対。「見てくれは立派だけど、いざとなると弱い」という意味だという。
スペイン代表のことを「無敵艦隊」と呼ぶのは日本ぐらい。スペイン国内ではチームカラーから「ラ・ロハ(赤)」と呼ばれる。▼ 続きを読む▲ 閉じるアルゼンチン代表の「セレステ・イ・ブランコ(空色と白)」、フランス代表の「レ・ブルー(青)」と同じだ。世界にはユニフォームや国旗の色を愛称にする代表が多い。
「無敵艦隊」の由来は16世紀までさかのぼる。スペイン国王フェリペ2世がイングランド攻撃のために編成した大艦隊。当時としては世界最大級の陣容を誇ったが、英国海軍の機動力の前に惨敗。「威容を誇るものの中身は弱い」という意味を込めて英国人が皮肉で「無敵艦隊」と呼んだのだという。
日本で使われたのは1998年フランス大会から。1994年アメリカ大会から1998年まで32戦負けなし(PK戦負けは含まず)という圧倒的な成績に、ワールドカップ(W杯)「初心者」の日本のメディアが「無敵」を強調するために使った。もっとも、優勝候補として臨みながら1次リーグで惨敗。本来の意味「見掛け倒し」通りだった。
もともと「クラブは強いが代表は弱い」のがスペイン。マドリードの中央政府とバルセロナのカタルーニャ地方は歴史的に不仲で、国が1つになる土壌もなかった。レアル・マドリードのサポーターはバルセロナの選手がいる代表は応援しないし、負けろとさえ願う。逆もある。レアルが欧州チャンピオンズカップ(現CL)5連覇した1950年代後半でも、代表は予選敗退。ホスト国として臨んだ1982年大会も2次リーグで敗退し、長く1950年ブラジル大会の4位が最高だった。
強くなったのは、2000年代以降だろう。20年ほど前、マドリードのスポーツ店にバルセロナの背番号10のユニフォームが飾られているのを見つけた。くだんの通信員は「メッシの影響ですよ。マドリードにもバルセロナファンが出てきた。信じられませんよ」とあきれ顔で話した。クラブ同士、街同士の対抗意識が、リオネル・メッシの登場で変わったのだ。
あれだけ勝負弱かったスペイン代表が、2008年のEUROで優勝した。2010年南アフリカ大会でW杯初優勝すると、2012年のEUROも連覇。ショートパスを主体とした「ティキタカ」戦法が好成績を生んだのだが、国をあげて代表を応援するムードが生まれたことも大きい。マドリードとバルセロナの融和がきっかけだとすれば、スペインを強くしたのはメッシだ。
2010年の優勝以降は、再び「無敵艦隊」ぶりを発揮。2014年ブラジル大会は1次リーグで敗退し、2018年ロシア大会は決勝トーナメント1回戦で地元ロシアにPK戦負け、2022年カタール大会では1次リーグで日本に逆転負けし、16強でモロッコにPK戦の末敗れた。勝負弱さは相変わらずだった。
続きはソースで
https://www.football-zone.net/archives/663840
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日本もそういう意味で呼んでるのでは
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意味知ってて使ってるのかと思った