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1996年4月に放送を開始したテレビ東京の『午後のロードショー』(以下、『午後ロー』)が今年4月、放送回数6252回を達成し、ギネス世界記録に認定された。さらに6月には、映画文化の発展に寄与した功績を称えられ、栄えある「第19回淀川長治賞」まで受賞した。
テレビ離れが止まらず、動画配信サブスクが生活に定着した2026年現在。なぜ平日の13時40分という“真っ昼間”に放送される『午後ロー』が、独自の輝きを放ち、愛され続けているのか。
前編では、シネコンというシステムからこぼれ落ちたシニア層の受け皿としての『午後ロー』の側面を紐解いた。▼ 続きを読む▲ 閉じる
しかし、『午後ロー』の持つ価値はそれだけにとどまらない。むしろ、現役世代や若者にこそ、この番組が提示する「ある視点」が必要とされる。
今のコンテンツ消費環境は、あまりにも「失敗」を許されない構造になっているという。ある映画配給会社の関係者は、現在の観客の動向について次のように語ってくれた。
「『Filmarks』や『映画.com』などレビューサイトを全く見ずに、映画を観る人は今時ほとんどいないでしょう。それだけレビューが作品選びに影響を与えてしまう時代です。興行成績もレイティングに大きく左右されるので、関係者もレビューのチェックを欠かせません」
スマホを開けば、あらゆるエンターテインメントやSNSが可処分時間を奪い合う現代において、特に忙しい現役世代がレビューサイトで点数をチェックしてから作品を選ぶのは、自然の流れだろう。
(中略)
岐路に立つ午後ロー
とはいえ、この映画文化のオアシスを、礼賛してばかりもいられない。
日に日にテレビの視聴者は減り、その隙間に配信プラットフォームが定着しているのだ。
NHK放送文化研究所が発表した「国民生活時間調査2025」の結果を見ると、平日に15分以上リアルタイムでテレビを見た人の割合は、2020年の79%から2025年は71%まで低下。これまで唯一減少がみられなかった60代以上ですら、今回初めて減少に転じたという。
「最後の砦」とされてきたシニア層すら、地上波をリアルタイムで見る習慣から少しずつ離れ、配信視聴が増えている。今のテレビはNetflixやアマプラなどが内蔵されており、リモコン一つでアクセスできる手軽さも大きいのだろう。
平日の昼間に地上波を観てくれる高齢視聴者の減少は、『午後ロー』のような帯番組にとって致命傷だ。特に『午後ロー』の場合、健康食品や保険などシニア向けのCMを映画の合間に挟んでいる。高齢者が観ていないということになれば、これらのスポンサーも離れていき、番組の存続も危ぶまれるだろう。
時代に合わせて形を変えなければ生き残れないという危機感は、番組の端々から伝わってくる。
実際、ここ最近の『午後ロー』のラインナップを見ると、かつての「1980~90年代のアクション一辺倒」から、2000年代以降の比較的新しいサスペンスやSF、また邦画のドラマ作品もラインナップに加わっている。
ただ、それだけでは『午後ロー』がどこか普通の映画番組になっていくような気がするのは気のせいだろうか。
サボった日は午後ローを観よう
そんな苦境の中、『午後ロー』もいつかは終わってしまうのだろうか。老婆心ながら、『午後ロー』の未来について考えたい。
『午後ロー』が存続していく鍵は、シニアではなく若者だと思う。
筆者が学校をサボった日といえば、「笑っていいとも!」を経由し『午後ロー』で映画を観るのが鉄板の流れだった。同じように今の中高生にも学校をサボった日にこそ、『午後ロー』を観てほしい。
真面目に観る必要はない。ただ、テレビで流しておけば時々面白い展開がやってくるので暇つぶしにはなる。あと、ぼんやりと映画を眺めるという行為は、ショート動画で数時間を潰してしまうよりも、罪悪感は少ないはずだ。
また、いくら「テレビはオワコン」と嘲笑しようとも、所詮ネット上で話題になるのはいつも「テレビの周辺」の出来事だ。
エンタメや趣味趣向が極限まで細分化されている中にあっても、やはり人々は共通の話題を欲している。「テレビ」には今のところそれを担う力があり、『午後ロー』もその一翼になることができれば、放送記録をさらに伸ばしていけるだろう。
そのためにも、『午後ロー』にはあまり置きに行かず、ならではのラインナップを今後も続けてほしい。
不寛容で、失敗の許されないこの時代だが、平日13時40分になれば「愛すべきクソ映画」に出会える場がいつまでも続くことを願っている。
テレビ離れが止まらず、動画配信サブスクが生活に定着した2026年現在。なぜ平日の13時40分という“真っ昼間”に放送される『午後ロー』が、独自の輝きを放ち、愛され続けているのか。
前編では、シネコンというシステムからこぼれ落ちたシニア層の受け皿としての『午後ロー』の側面を紐解いた。▼ 続きを読む▲ 閉じる
しかし、『午後ロー』の持つ価値はそれだけにとどまらない。むしろ、現役世代や若者にこそ、この番組が提示する「ある視点」が必要とされる。
今のコンテンツ消費環境は、あまりにも「失敗」を許されない構造になっているという。ある映画配給会社の関係者は、現在の観客の動向について次のように語ってくれた。
「『Filmarks』や『映画.com』などレビューサイトを全く見ずに、映画を観る人は今時ほとんどいないでしょう。それだけレビューが作品選びに影響を与えてしまう時代です。興行成績もレイティングに大きく左右されるので、関係者もレビューのチェックを欠かせません」
スマホを開けば、あらゆるエンターテインメントやSNSが可処分時間を奪い合う現代において、特に忙しい現役世代がレビューサイトで点数をチェックしてから作品を選ぶのは、自然の流れだろう。
(中略)
岐路に立つ午後ロー
とはいえ、この映画文化のオアシスを、礼賛してばかりもいられない。
日に日にテレビの視聴者は減り、その隙間に配信プラットフォームが定着しているのだ。
NHK放送文化研究所が発表した「国民生活時間調査2025」の結果を見ると、平日に15分以上リアルタイムでテレビを見た人の割合は、2020年の79%から2025年は71%まで低下。これまで唯一減少がみられなかった60代以上ですら、今回初めて減少に転じたという。
「最後の砦」とされてきたシニア層すら、地上波をリアルタイムで見る習慣から少しずつ離れ、配信視聴が増えている。今のテレビはNetflixやアマプラなどが内蔵されており、リモコン一つでアクセスできる手軽さも大きいのだろう。
平日の昼間に地上波を観てくれる高齢視聴者の減少は、『午後ロー』のような帯番組にとって致命傷だ。特に『午後ロー』の場合、健康食品や保険などシニア向けのCMを映画の合間に挟んでいる。高齢者が観ていないということになれば、これらのスポンサーも離れていき、番組の存続も危ぶまれるだろう。
時代に合わせて形を変えなければ生き残れないという危機感は、番組の端々から伝わってくる。
実際、ここ最近の『午後ロー』のラインナップを見ると、かつての「1980~90年代のアクション一辺倒」から、2000年代以降の比較的新しいサスペンスやSF、また邦画のドラマ作品もラインナップに加わっている。
ただ、それだけでは『午後ロー』がどこか普通の映画番組になっていくような気がするのは気のせいだろうか。
サボった日は午後ローを観よう
そんな苦境の中、『午後ロー』もいつかは終わってしまうのだろうか。老婆心ながら、『午後ロー』の未来について考えたい。
『午後ロー』が存続していく鍵は、シニアではなく若者だと思う。
筆者が学校をサボった日といえば、「笑っていいとも!」を経由し『午後ロー』で映画を観るのが鉄板の流れだった。同じように今の中高生にも学校をサボった日にこそ、『午後ロー』を観てほしい。
真面目に観る必要はない。ただ、テレビで流しておけば時々面白い展開がやってくるので暇つぶしにはなる。あと、ぼんやりと映画を眺めるという行為は、ショート動画で数時間を潰してしまうよりも、罪悪感は少ないはずだ。
また、いくら「テレビはオワコン」と嘲笑しようとも、所詮ネット上で話題になるのはいつも「テレビの周辺」の出来事だ。
エンタメや趣味趣向が極限まで細分化されている中にあっても、やはり人々は共通の話題を欲している。「テレビ」には今のところそれを担う力があり、『午後ロー』もその一翼になることができれば、放送記録をさらに伸ばしていけるだろう。
そのためにも、『午後ロー』にはあまり置きに行かず、ならではのラインナップを今後も続けてほしい。
不寛容で、失敗の許されないこの時代だが、平日13時40分になれば「愛すべきクソ映画」に出会える場がいつまでも続くことを願っている。
2:
午後ローは実況が本体だぞ
3:
サメ映画!ヘビ映画!セガール!\(^^)/