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https://news.yahoo.co.jp/articles/ad21f3726c419fc5ade2354f0fcfb36c02df082e
タイタニック号沈没事故の日本人生存者として紹介された細野正文さんは、テクノユニット「YMO」細野晴臣の祖父。1912年に英サウサンプトンから出航したタイタニック号は、ニューヨークへの航海中に氷山に衝突して沈没し、1500以上の死者が出た。生存者は約700人で、日本人としては唯一の乗客だった。
細野さんは当時の鉄道院(現・国交省)のエリート官僚で、全国の鉄道を管理・監督する立場。ロシアなど世界の鉄道を視察中に事故に遭い、2等客室の乗客だったとされる。避難を促されたが、救命ボートの数が限られており、女性や子供が優先された。当時は人種差別もあり、細野さんが3等客室の乗客と勘違いされ後回しになったという。
手記には「特に慌てることもなく日本人の恥になるような行動はすまいと心掛けた」と記されていた。救助活動を手伝っていたところ、偶然にボートの空きがあり、沈没を免れたとされる。
事故から49日後、ニューヨークから船で帰国したが、祖国ではバッシングを受けた。新聞には「日本人の顔にいい泥を塗ってくれた」「女子供が優先というのに、素早くボートにとびのって、命を助かったのである」などの記事が掲載され、また「日本人が他の人を押しのけて救命ボートに飛び乗った」といった虚偽の証言もあったため非難が高まった。細野さんは鉄道院から解雇され、中傷を受けていた子供たちとも離れて暮らすことになった。
細野さんは1939年に68歳で亡くなったが、2年後、遺品の中から当時の手記が見つかり、真相が判明。汚名が返上されたのは97年公開の映画『タイタニック』がきっかけで、遺品の管理財団が手記を調べたところ真実が明らかになった。
番組では、祖父の行動について語る細野の肉声も紹介された。
タイタニック号沈没事故の日本人生存者として紹介された細野正文さんは、テクノユニット「YMO」細野晴臣の祖父。1912年に英サウサンプトンから出航したタイタニック号は、ニューヨークへの航海中に氷山に衝突して沈没し、1500以上の死者が出た。生存者は約700人で、日本人としては唯一の乗客だった。
細野さんは当時の鉄道院(現・国交省)のエリート官僚で、全国の鉄道を管理・監督する立場。ロシアなど世界の鉄道を視察中に事故に遭い、2等客室の乗客だったとされる。避難を促されたが、救命ボートの数が限られており、女性や子供が優先された。当時は人種差別もあり、細野さんが3等客室の乗客と勘違いされ後回しになったという。
手記には「特に慌てることもなく日本人の恥になるような行動はすまいと心掛けた」と記されていた。救助活動を手伝っていたところ、偶然にボートの空きがあり、沈没を免れたとされる。
事故から49日後、ニューヨークから船で帰国したが、祖国ではバッシングを受けた。新聞には「日本人の顔にいい泥を塗ってくれた」「女子供が優先というのに、素早くボートにとびのって、命を助かったのである」などの記事が掲載され、また「日本人が他の人を押しのけて救命ボートに飛び乗った」といった虚偽の証言もあったため非難が高まった。細野さんは鉄道院から解雇され、中傷を受けていた子供たちとも離れて暮らすことになった。
細野さんは1939年に68歳で亡くなったが、2年後、遺品の中から当時の手記が見つかり、真相が判明。汚名が返上されたのは97年公開の映画『タイタニック』がきっかけで、遺品の管理財団が手記を調べたところ真実が明らかになった。
番組では、祖父の行動について語る細野の肉声も紹介された。
2:
今さらかよ!(知らんかった…)
3:
知らん人はしらんだろ